ホグワーツの建築様式はいつ変わったのか? 下水管とゴシック・リバイバル

2024年3月20日

ホグワーツの改築と下水管

問題はいつ、なぜ改築されたかです。

ホグワーツはただの教育機関ではありません。世界でも有数の魔法学校であり、英国魔法界に強い影響力を有しており、理事会にはルシウス・マルフォイを筆頭とした政財界の有力者が在任しています。いわば、魔法界屈指の名門校というわけです。

当然、誰かの思いつきや気分で改築できるものではありません。マグルの建築様式を採用すればマグルを嫌う純血主義の支持者たちは嫌がることでしょうし、かといって魔法族独自の建築様式が醸成されるかも怪しいところです。魔法を使える彼らはさほど定住にこだわる必要がないのですから。

しかし、ある日改築の好機がやってきました。下水工事です8

魔法族は本来、下水を必要としていませんでした。彼らはどこでも好きなように隠れて用を足すことができますし、その後始末も杖を一振りすれば十分だったからです。

ところが、全員がそうというわけではありません。学校であるホグワーツには未熟で十分に魔法を使えない児童も暮らしています。さらにホグワーツにはゴーストもいるし、魔法生物もうろついていることがあります。児童が安心して用を足せる環境ではありませんね。

上手に用を足せない児童を抱えたホグワーツには、魔法の使えないマグルが使うような下水設備がありません。このままではホグワーツ全体の衛生環境が悪化してしまいます9

そこで、18世紀に下水工事が行われました。作中でバジリスクが這い回っていたあの下水管です。校内のあらゆるトイレを結ぶ下水管の配備はかなり大規模な工事になったに違いありません。

下水管の配備は、ホグワーツが改築されるには非常にいい機会でした。

純血主義者の買収とゴシック・リバイバル様式

下水管の配備は、言ってみれば魔法教育を家庭で十分に受けられなかったマグル生まれの児童への配慮と言えます。そんなものと切り捨てるのは残酷ですが、そのためにホグワーツを変え、壁や床で隔てた向こうに汚物を流すことになります。純血主義の魔法族たちはさぞかし怒ったことでしょう。

何より問題なのが、純血主義者たちは伝統と地位を有するということです。政財界の大物や理事たちを納得させるために、釣り餌となる何かが必要になりました。

そこで提示されたのがゴシック・リバイバル様式なのではないかと私は考えています。

ゴシック・リバイバル様式とは読んで字のごとく「ゴシック建築の復興」です。懐古と言い換えてもいいでしょう。産業革命期、野放図な都市計画によって悪化した都市環境に憂いた人々が、懐かしのゴシック建築に思いを馳せた結果生まれた様式です。

ウェストミンスター宮殿の写真。ゴシック・リバイバル様式の典型例。

ゴシック・リバイバル様式の典型例であるウェストミンスター宮殿です。火事の後に増改築によってゴシック建築へと建て替えられました。現在も観光客が鋭く伸びた時計塔を一目拝もうとテムズ川を渡る橋で立ち止まることでしょう。

そして、ゴシック建築が最も盛んだった12世紀から15世紀というのは、魔法族にとって最も自由だった時代であると言えます。魔法ワールドでは16世紀に過激な魔女狩りが広まりました。そして17世紀末に魔法族は「国際魔法使い機密保持法」によってマグルから隠れ住むことを決めたのです。

魔法族にとって最も自由だった時代を復古したい。その思いをホグワーツの建築様式に注ぎ、「せめてここでは魔法族が自由でいられますように」という願いを感じさせる。その裏ではマグルの技術を模倣し、衛生環境の改善を進める。見事な手腕で、ホグワーツにはふたつの建築改革が取り入れられたというわけです。

下水処理の魔法はどこに

まだ明らかになっていない問題があります。下水処理です。下水管こそ登場したものの、下水処理施設は登場しなかったことにお気づきでしょうか?

近代下水設備が発明された当時、下水とは汚物の川にそのまま流すものでした。微々たる量の下水は流れ続ける河川の水質に大きな影響を与えるものではないと考えられていたのです。もちろん、それはあまりにも甘い見通しでした。

作中ではトイレに住むゴーストである嘆きのマートルが下水管を通じて湖に出ているシーンがあります。このことから察するに10、下水をそのまま湖に流すマグルの古い形式を踏襲していると見てよいでしょう。

しかし、水中人や魔法生物が湖に住んでいることを考えると、当然水質汚染のことは気にしなくてはなりません。隣人の住居に汚水を流し続けているようなものです。

おそらく、どこかのタイミングで汚物を除去する魔法をフィルター的に設置しているのでしょう。そうでなければ、下水管と接続している秘密の部屋は汚物が蓄積されてとんでもないことになってしまいます。

また、太さについても疑問が残ります。下水を管理する下水道ならばともかく、下水管をバジリスクほどの大蛇が這い回れる太さにする必要があったでしょうか。下水管はあまり太いとかえって残留物や虫、ネズミなどの被害の原因になると言われています。

このふたつの問題を一手に解決しようとするならば、下水管全体に汚物を適切に処理する魔法や虫・ネズミに対するトラップの魔法がかけられていて、それを施行・管理するために太さが必要だった……とすべきでしょうか。その便利な魔法を私も使いたいものです。